悪魔召喚(喚起)を行う意義

魔術に興味のある人もそうでない人も行えるならば悪魔召喚(魔術師の外に呼び出すので正確には「喚起」です。「召喚」は魔術師の内に呼び込むものです。ただ、そうは言ったところで「召喚」と呼び続ける人(知らないだけなのか、そう呼ばなければ嫌なのか…)は多いようなので、ここでは(そう言う人が多いと言う事から検索対策も考え)「召喚(喚起)」と言う表現で進めて行きます)を試みたいなどと何気なく思う人もいるのではないかと思います。実際に(特に他サイトの)掲示板などを見て行くと「悪魔の召喚を行いたいのですが…」と言う類の発言を見掛ける事が良くあります。ですが、この質問に対しての返事としては、質問が積極的である反面、消極的なものの方が多いようです。中でも多く見かけるのが、単に「危険だから行わない方が良い」と言う事を伝えている類の発言です。では、悪魔召喚(喚起)はそう言った人達が助言するように本当に単に危険なだけの行わない方が良いものなのでしょうか。

これは飽く迄も個人的な考えなのですが、悪魔召喚(喚起)は単純に「危険だらか行わない方が良い」などと言えるようなものではなく、行うか行わないかは本人の必要性によって決まって来るものなのではないかと思います。例えば、悪魔を誰もの心の中に棲んでいるものだと仮定します。「集合的無意識」の心的内容の一つだと思ってもらっても良いです。そしてその無意識の心的内容が活性化して、本人の意志とは関係なく(本人が感じ取れるか如何かは別にして)意識活動に影響を与えて来たとします。この場合、意識領域に対して悪魔(ここで悪魔と見做してそう呼んでいるだけで、それを呼ぶ言葉は他の言葉でも良い)の影響が強く、それを何とかしなければならないと思うならば、悪魔召喚(喚起)…意識活動に影響して来る悪魔を呼び出してそれを静める(意識の制御下に置く)作業…はその人にとっては(それが本当に正しい選択であるか如何かはまた別ですが)1つの選択肢になり得るものなのではないかと思います(これは一例であり、行う理由は他にも色々あるかと思います)。(因みに、この例よりも状況が悪く、例えば完全に憑依されてしまったような場合には他者の手を借りる事になるでしょう。)

ですが、それは必要性がある時に1つの選択肢として浮かび上がって来るものではありますが、必要性があるからと言って絶対にそれを行わなければならないと言うものではないとも思います。悪魔召喚(喚起)には常に何らかの危険が付き纏う事も確かであり、それに代わる安全な方法が他にあるのならばそちらを選択した方が良い(賢い)のかも知れません。そう言う面から言えば「危険だから行わない方が良い」と言うのは的外れではないと言えます。

纏め。個人的な考えですが…悪魔召喚(喚起)は確かに危険な面を含んでいますが、だからと言って単純に、そして頭ごなしに「危険だから行わない方が良い」と否定されるようなものではないと思います。悪魔召喚(喚起)は、それを行う必要がある場合には1つの選択肢として考える事が出来るものであり、他に有効な選択肢が見当たらないような場合であれば、例え危険であっても、それは(積極的にとまでは行かないかも知れませんが)行うべきものとなり得る事もあるのではないかと思います。悪魔召喚(喚起)はその人の状況によって行うべきなのか行わない方が良いのかが変わって来ます。「悪魔召喚(喚起)を行いたい」と言う人は安易に「行いたい」などと思う前に自分がどのような状況にあるのかの判断から行うべきなのではないかと思います。そして、行う必要があるのであれば行えば良いのではないかと…思います。勿論、全ては「安全性に気を配り、滞りなく必要な作業が出来る」と言う事を前提にしての事ですが。

おまけ。最後に、こちらも掲示板などでよく見かける遣り取りなのですが、「悪魔を召喚した事があります」と言う類の書き込みがあるとそれ以下の返信で避難を浴びると言うものがあります。しかし、(その発言者の「悪魔を召喚した」と言う発言が本当か如何かはわかりませんが、)中には悪魔召喚(喚起)そのものを最初から不可能なものとして否定している発言も見られます。個人的な考えを言うと、悪魔を必要もなく召喚(喚起)する事には賛成出来ませんが、それとは別に悪魔を召喚(喚起)する事は十分に可能であると思います。悪魔がそれぞれの心の中に住むものであり、魔術が心を扱う技術であると言う事を前提としますが。

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